各部位の観察と動きが起こる関係性

~解剖実習(オンライン)を経験したことで気づかされたこと~

全ての音楽家に必要とまでは申しませんが、解剖学的な学びも演奏に取り入れることは大切だと思っています。

音楽家である私が今現在興味のあることの中に「身体のことを知る」という欲求があります。この知りたいという欲求から今年の5月にはコロラド州のデンバーで解剖合宿に参加する予定でした。しかし・・・世界はこの状況になり、1年前から準備していた合宿も延期が繰り返され現在に至ります。

そんな中、日本ではお盆と呼ばれる時期にコロラド州デンバーからのオンラインで5日間の解剖実習体験をさせて頂くことが出来ました。先生方や学びを提供してくださったドナー(アグネス)、そして通訳の方には本当に感謝です。

生命活動をしている「人」と活動を終えた「人」では異なることは勿論多い。このような学びに異論を唱える音楽家も少なくないようですが、自分の中の「探求欲」に従って動き、学ぶことを信じています。

今回の体験は深く濃い学びでしたので、1つの記事にまとめることは難しいのですが、部分(各部位)と全体(身体全部)の繋がりと関係性にしぼり、観察をまとめてみたいと思います。

目次
1.音楽家が解剖学を学ぶということ
2.オンライン筋膜解剖
3.筋膜解剖の著者の言葉から
4.まとめ

音楽家が解剖学を学ぶということ

私が学生の頃(30年近く前)身体を痛めたことで、その部位に負担がかからないように注意するようなメンテナンス的な学びはありました。ただ、演奏技術的なことで解剖学的な指導を受けたことはありませんでしたし、率先して取り入れていた演奏家も周りにはいませんでした。もちろんこれは私の周りに限ったことだけだったのかもしれませんが、日本の演奏家が学びの一環として身体のしくみを探求することを取り入れるのが一般的になったのは、それから少しばかり後になってのことのような気がします。

アスリートが身体で起こっていることを科学的に分析し、数値化したものを取り入れる事は、相当前から抵抗なく行われていたと思われます。音楽の世界ではどうだったのでしょう?おそらく数値化することや技術に特化することが本質から逸れているように扱われてしまう風潮があったことは否めません。(少なくとも私の周りでは、抽象的で感覚的な指導、そして経験値からの指導が主流でした)ただここ最近はそのような感覚重視の考えだけに留まらず、芸術も様々な学び方と考え方が受け入れられてきているのではないでしょうか。

オンライン筋膜解剖

さて、話を解剖実習の方に戻したいと思います。今回のオンライン筋膜解剖(3時間×5日間・休憩なし)は私の不安をよそに滞りなく進んでいきました(オンラインとはいえ自分に異変が起こるかも?と多少なりとも心配していた)。解剖を進めていくコロラド州のご献体アグネスとチームがいるオペ室(解剖室?)、解説者のトーマス・マイヤース氏、東京からの通訳の3か所からのオンライン実況です。

※ここからは医療関係者ではない素人のレポート的な内容になるので興味のない方は「筋膜解剖の著者の言葉から」へお進みください。

第1日目は表皮・真皮・皮下組織の三層を観察:死後ということでご献体(アグネスと名付けられたので以後アグネスと呼ぶ)は硬直状態とばかり思っていましたが、この筋膜解剖では薬品(ホルマリンなど)が一切使用されていない冷凍の身体だったため、アグネスの関節は自由に動かすことが可能でした。一時的に死後硬直はあるようですが、その後は外からの力で動くようです。

また筋膜は表層部分だけを覆っているものではなく、皮下組織を覆っているものと、筋肉を覆っているもの等いくつかの種類に分けられているそうです(料理の時に鶏肉の肉と皮の間に在る薄い透明な膜は浅筋膜だったと知る)。各部位を包みこみ、間を縫うように(絡み合うようにという表現の方が適切かもしれない)神経や血管が張り巡らされていました。その様子はまるでWEBのようです。上肢の筋膜は動きが多いこともあり、体重を支える下腿の筋膜に比べて薄いものでもありました。筋膜は動きを制限するものでもありますが、それとともに動きやすくするものでもあると解説してくれたのはトーマス氏。手首にも在る腱を束ねる支帯はそれ自体が独立したものではなく筋膜が厚みを増して帯状のトンネルとなっているということもピアニストとして知ることが出来たのは幸いです。

第2日目は首・肩周りの観察:昨日と同様にアグネスの首は右を向いたり、頷くような動作も柔軟に出来ました。首は小さなエリアですが動きにかかわっている大切な部分ですし、鎖骨を通して上肢に伝わっている様子です。表皮をめくった後に動かすことで、たくさんの小さな筋肉の動きが合わさって大きな動きとなっているのが見えました。すべての筋構造が筋膜と関わって動くことで筋肉が孤立せずに連続している様子です。

その後は声帯・大胸筋・三角筋・・・・肩こりで悩む主婦としては僧帽筋も興味深く観察出来ました。表皮の上から見ると、盛り上がったように見える筋肉ですが意外にも薄っぺら・・・ただトーマス氏によると薄くても大きな力は発揮出来る筋肉だと仰っていました。ピアノを弾くうえでは腕の動きにに関わる筋肉も押さえておきたいところです。外腹斜筋→前鋸筋→広背筋と繋がっている様子も興味深かったです。また中年真っ盛りの女性としては憎い脂肪も、じつは伝達や分配にも関係していると知り(ケガも防いでくれるし)あらためて無駄なものはないと実感です。

第3日目は関節と下肢:私の経験でもある事なのですが、上肢のどこかに痛みがあると下肢がガクガクしたり違和感を感じたりします。これは筋膜のラインが繋がっていることから起こる事だそうで、上肢からの筋膜ラインのつながりを学びました。大腿四頭筋が後ろ側まで回り込んでいる様子やハムストリングの二筋がカヌーに乗り込んでいる様子に似ている形であるという事なども興味深く拝見しましたが、中でも衝撃だったのは坐骨神経です。ピアニストは長時間固い椅子(柔らかい椅子もあるけれど高さが変えやすいものは固い)に座り続けることも多いので、生徒さんからも坐骨神経痛の相談をされたことがあります。ただ恥ずかしながら「坐骨神経痛」と漠然と記憶しているだけで、まさかこの神経自体がこんなにも太くて長いとは想像もしませんでした。梨状筋から始まってハムストリング→膝の裏を通過し足底まで続く神経で、(名前も変わりながら)枝分かれし、なんと長さは1メートルにも及んでいました。後から調べたのですが、人体の神経の中で一番長いそうです。

第4日目は腹腔:お腹の中の内臓と対面する前は、4日目とはいえ緊張が走りました。内臓に達する前に筋肉で最も?メジャーな4層の腹筋群の層を観察していきます。腹筋群自体の役割は沢山ありますが、まず第一に骨がない部分なので内臓を守るお役目があります。個人的には水泳選手を見ていて、6パックと呼ばれているのに8パックに分かれているのが不思議でならなかったのですが、やはりアグネスの腹直筋も8個に分かれていて安心しました。(このホットサンドのように分かれている白線という腱画は、内蔵の重さを支えるのに骨がないため、必要になったということです)。そして、骨盤にとまっている腹直筋が収縮すると肋骨が引っ張られ呼吸を制限するという事実もトーマス氏は仰っておられました。このことは吹奏楽系の演奏者は周知の事実ですが、直接関係のなさそうなピアニストであっても呼吸が演奏に影響することは経験上あることです。

第5日目は骨盤底:アグネスの死因は肛門の癌であったために人工肛門を付けておられました(ご献体の病状などは事前に知らされていないので開腹しないと分からないらしい)。この為、前日に骨盤底の観察が出来ず、執刀してくださったトッド・ガルシア氏が5日目の実習時間までに観察できる状態にまで技術を駆使してしあげてくださいました。その他にも1日に1万7千回呼吸のために動く横隔膜を観察。

筋膜解剖の著者の言葉から

5日間のオンラインの解剖は貴重な体験でしたが、それ以上に心に強く刻まれたことがありました。初日の冒頭に「アナトミートレイン」の著者、トーマス・W・マイヤース氏が仰っていた言葉を書き留めておきましたのでご紹介します。

「一般的な解剖学では筋を単独のものとしてとらえます。人間を車に例えるとすれば、各筋や臓器は部品と考え、それぞれの機能を持つ部品を集めてボディーに詰めて精巧な車になる・・・といったイメージです。解剖学の書籍では部位を解剖学的に分離することで覚えやすくしていますが、私たちの身体は元々は一つの細胞であったことを忘れてはなりません。植物も一つの種から枝分かれして成長していくように、それぞれの部位は単独で存在しているのではなく複合的に関わりあっています。」

まとめ

これまでの身体の中の動きの知識は本で読んだり、聞いたりしたことだけのものでした。もちろん実際に自分で動くことや演奏は出来ますが身体の中を見ることは出来ません。それでも理解していた「つもり」でしたが、今回の解剖実習で「つもり」になっていたことに気付かされました。部位それぞれの機能を知ることも大切ですが、互いに関わりあいがある・・・それも、その時の状況によって影響され方も様々。今後も演奏するものとして自分を実験材料にしていくことは勿論、学びは生きている限り続くと思います。少し大げさな表現でしたが・・・これからも自分の興味のあることを掘り下げ、自分自身の演奏や生徒さんへのアドバイスのヒントを集めていくことが出来そうです。

※5日間の内容を分かり易くまとめる力がなく、とりとめもない児童の感想文のような記事になってしまいました。ここまで読んで頂けたことを感謝致します。